接触鍼の生みの親は東方会初代会長の小野文恵先生と言われている。ここで言う接触鍼というのはその技術は置いといて、この3文字の名称である。浅く刺す、あるいは擦る鍼というのは大阪の小児鍼がベースになっていて、それが東京(関東)に伝わり、散鍼や接触鍼という名称及び技法になったようだ。小野先生の本によると接触鍼はいくつものバリエーションがあり、通常はツボに対して使用されるが、散鍼や積聚治療での接触鍼は面に対して行われる。
面に対しての治療というと、日本の古い鍼灸治療法では腹部打鍼術がある。言わずと知れた御園意斎の考案となっている。この腹部打鍼は日本の鍼灸史学に詳しい某先生によると、その昔樹医が虫食いの穴に鍼と小槌を用いて治療していたのが、人の治療へと転用されたのでは説明されています。また、鍼を小槌だ叩くという治療効果が、小槌から鍼を包んだ鍼管に転用され、日本鍼灸の代表技術ともいわれる管鍼法へと発展を遂げてくようだ。江戸期からの鍼灸史学は今何人かの先生方の手により解明の方向へと進んでいる。
江ノ島で転んだ杉山和一の手の中に丸まった葉(竹の説もある)につつまれた松葉を見て鍼管法を編み出したというのは作り話です。
さて、打鍼術の人体への影響は小槌を叩くことにより起こる振動だが、これは杉山眞伝流の手技にも影響を与え、現在の学校の教科書にも一応、伝わっている。当時の打鍼術は実際に鍼を刺入していたようだが、振動に意味を見出したことから刺入しない打鍼が今は多く使われている。と言っても打鍼自体使っている先生が少ないが、この刺入しない打鍼と言えば北辰会、代表の藤本先生が有名です。弁釈鍼道秘訣集は緑書房から絶賛発売中である。
で、長くなりましたが、腹部という面に注目して接触鍼をツボではなくこの腹部に応用したのが積聚治療での接触鍼です。小野先生が腹部に行っていたのかはわかりませんが、腹部という面にランダムに、振動をおこすような連続的なイメージ(技術含)をいだきながら接触鍼をおこなってみるとおもしろい。積聚会は一つの古典を金科玉条のごとくに治療理論を組み立ててはいないので、あまり古典を読む習慣がないように思える。私がまだ学生の頃、今では会の講師をやっているメンバーと古典を読む勉強会なんかをやってました。最近は現代語訳の物も増え、気軽に古典を読むことができる。鍼道秘訣集でも読んでみてはいかがでしょうか。
写真は…藤本先生の『弁釈鍼道秘訣集』を載せたかったのだが、今我が家本棚から発見できない。ちょっと整理しないと必要な時に必要な本が読めない…先月マンガは大量に処分したのですが…。